句集 燃えるキリン〈乱調泰西美術史初学篇〉

四六判上製カバー装
発行日:2025/10/30
本文204頁
装幀=高林昭太
定価:2800円+税
ISBN978-4-88032-510-1
井口時男著
井口時男(いぐち・ときお)プロフィール
文芸批評家、俳人。
1953年、新潟県生れ。1977年、東北大学文学部卒。神奈川県の高校教員を経て1990年から東京工業大学の教員。2011年3月、東京工業大学大学院教授を退職。1983年「物語の身体―中上健次論」で「群像」新人文学賞評論部門受賞。以後、文芸批評家として活動。2011年ごろから句作にも本格的に取り組む。
【文芸批評の著書】
『物語論/破局論』(1987年/論創社/第1回三島由紀夫賞候補)、『悪文の初志』(93年/講談社/第22回平林たい子文学賞受賞)、『柳田国男と近代文学』(96年/講談社/第8回伊藤整文学賞受賞)、『批評の誕生/批評の死』(2001年/講談社)、『危機と闘争―-大江健三郎と中上健次』(04年/作品社)、『暴力的な現在』(06年/作品社)、『少年殺人者考』(11年/講談社)、『永山則夫の罪と罰』(17年/コールサック社)、『蓮田善明―-戦争と文学』(19年/論創社/芸術選奨文部科学大臣賞受賞)、『大洪水の後で―-現代文学三十年』(19年/深夜叢書社)、『金子兜太―-俳句を生きた表現者』(21年/藤原書店)、『井口時男批評集成』(25年/月曜社)、『近代俳句の初志―-子規から新興俳句・震災俳句・沖縄俳句まで』(25年/コールサック社)など。
【句集】(いずれも深夜叢書社刊)
『天來の獨樂』(15年)、『をどり字』(18年)、『その前夜』(22年/第78回現代俳句協会賞)がある。
オビ(表)
西洋美術が俳句になった!
「美は人を沈黙させる」が、沈黙の中には無数の言葉がざわめいている―-
句を読んで楽しく、推理して楽しく、注釈を見てまた楽しい、
一読三嘆、瞠目の新句集
オビ(裏)
星月夜ヴァン・アレン帯磁気嵐
マリヽンの逆さまつ毛や曼殊沙華
静物は甘い死の比喩 セザンヌの林檎かなしむ
女人微笑むかつて火柱すでに霧
地球史の涯の秋なりキリン燃ゆ
(注記:裏オビの5掲句について本文の「注釈」から摘記)
星月夜=ゴッホ《星月夜》(1889年)
マリヽンの=ウォーホル《金のマリリン・モンロー》(1962年)
静物は=セザンヌ《林檎と静物》(1895~98年)
女人微笑む=ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》(1503~06年)
地球史の=ダリ《燃えるキリン》(1937年)
目次
作品篇(133頁、251句)
新年/春/夏/秋/冬
注釈篇(50頁、全251句に画家名・作品名・制作年・関連の補足説明など)
新年/春/夏/秋/冬
人名等索引(6頁)
あとがき(抄録)
本誌(「鬣」)にも何回も掲載した連作「乱調泰西美術史初学篇」がようやく完成する。いま清書稿作成中。泰西(西洋、欧米)の美術作品をモチーフにした句が二五〇句近く。同様の句は時たま見かけるが、二五〇句は壮観だろう。
作り始めたのは二〇二〇年七月。コロナ禍で逼塞を余儀なくされた所在なさに、ネット画面で「美術鑑賞」し始めたのだ。なるほど「美は人を沈黙させる」(小林秀雄「モーツァルト」)。しかし、沈黙の中には無数の言葉がざわめいている、と反転するのが私の方法だ。私はむしろ、そのざわめきの方に耳を傾けようと努めたのである。
私は美術については素人だから「初学篇」。初学者が選ぶ絵や彫刻は有名な作品ばかり。しかし、句は季節順に並べるから「美術史」の体を為さぬ乱雑ぶり。まるで支離滅裂な乱丁本。そこで、大杉栄の「美はただ乱調にある」(「生の拡充」)に敬意を表して「乱調」。
*
俳句という「天來の獨樂」、すなわち思いがけなく入手した私の玩具の新展開である。むろん「遊び」だ。だが、「真剣な遊び」である。俳諧の根底に「遊び」があるのは周知のことだが、そもそも、ホイジンガのいうホモ・ルーデンス(遊ぶ人)たる人間の文化は「遊び」から生れるのだ。
遊びにはルールが必要だ。ルールは二つ。
一つ、有季定型とすること。
二つ、作品や作家を示唆するヒントを必ず入れること。
有季にすることで泰西の文化と日本の文化が接触し、接触しつつ共存することで、互いが自分の許容度を少し拡張し、逆に相手を少し異質化するだろう。
美術作品はあくまでモチーフなので、句は必ずしも対象を描写する必要はなく、発想を自由に飛ばしてもよい。ただし、野放しの自由は独り善がりになる。独り善がりじゃ遊びにならない。だから二つ目の縛りを加えた。鷹を訓練する際に鷹が飛び去ってしまわないように足に結びつける「綜緒」(柳田国男「桃太郎の誕生」)みたいなものである。想像力の勝手な飛翔を自分で抑制するのだ。
句集には注釈をつけて、作品篇と膨大な注釈篇の二部仕立てにする。モデルは若いころ読んだ入沢康夫の詩集『わが出雲・わが鎮魂』。句集としては異例のものになるだろう。
